マンション訴訟の扉(4)[防音性能の瑕疵]
マンション購入を検討する際、交通の利便性は、欠かす事のできない大事な要素ですが、その便利さと引き換えに、必ず付いて廻るのが、周辺環境の「騒音」の問題です。
通常、外部騒音が50dBA以上になると、室内騒音より外部騒音の方が気になるといわれていますが、特に、その外部騒音源が、列車通過騒音の場合は、距離50メートル前後で500ヘルツ以下60〜80dB(貨物列車の場合は、さらに高い)という高い騒音値を示すことになるので、車両騒音だけの環境以上に、高い防音性能が要求されます。
ところが、その肝心の防音性は、新築マンション等の青田売りの場合には、現場確認ができないので、カタログやセールスマンの説明などから判断するしかなく、購入後(早くて、内覧会)初めてその性能を確認することになるのです。その結果、購入者の予想イメージより、防音性能が大幅に低い場合は、購入者と売主との間で、トラブルとなるケースもあります。
そこで、今回の訴訟の扉は、この青田売りマンションの防音性能の瑕疵についての考察です。
【事案概要】
本件マンションの周辺環境は、東面の道路を隔てて、JR鹿児島本線が走っており、日中は旅客列車、深夜は貨物列車と、一日を通してかなりの列車通過騒音であり、また、近くに踏み切りの遮断機があり、一定間隔での遮断機の警鐘音、福岡空港へ発着する航空機の騒音、その他隣接道路の車両騒音とともに、多層的な騒音地帯であった。
Aらは、B分譲会社のモデルルームで、セールスマンから「防音性に優れた物件である」との説明や、カタログの「遮音性・防音性に優れた高性能防音サッシ使用」の記述などから、本件マンションを購入した。ところが、実際に居住してみると、到底防音性に優れた物件とは思えない室内騒音レベルであり、連日のように、夜間の不眠を覚えた。結局、Aらは、本件マンションは、通常備わるべき防音性能が欠如しており、室内騒音レベルは、平均的人間の感覚の受忍限度を超えているなどとして、Bを相手取り
(A)瑕疵担保責任または債務不履行に基づく、物件価値の下落相当額の損害賠償の請求
(B)不法行為に基づく、精神的損害賠償(慰謝料)の請求
を求めて、福岡地裁に提訴したもの。
【平成3年・福岡地裁判決要旨】
(A)の財産的損害賠償請求の件
@Bは、売主として、マンション購入者に対して、通常使用に耐えうる室内環境(一定レベル以下の騒音レベル)を提供する債務を負っている。
A公害対策基本法による「騒音環境基準」では、生活環境や健康維持のために、
■昼間:50ホン(ホン=デシベルA)
■朝夕:45ホン
■夜間:40ホン
と規定されているが、本件マンションにおいては、サッシを締め切った状態でも、列車の通過時には、50〜60ホンを超える騒音がある。
BAらは、騒音により、不眠等の不快感を訴えている。
以上の事から、本件マンションの騒音は、通常人の受任限度を超えており、BのAに対する債務不履行責任(財産的損害賠償責任)が成立する。しかし他方、Aらの主張する物件価値の下落相当額を計る的確な証拠がないので、本請求は失当である。(債務不履行責任を認定しつつも、損害賠償は棄却)
(B)精神的損害賠償の請求の件
@Bは、販売に当り、セールスマンの説明やカタログ等により、本件マンションの防音性能の保証をしている。
ABは、防音性能の程度について、承知しなければない立場にある。
BAらは、通常の注意においてBを信用し、本件マンションを購入したが、防音性能の欠如により、不眠・不快という被害を被った。
以上の事から、Bの故意または、過失による不法行為が成立する。よって、Aに対する損害賠償(精神的慰謝料)の支払いを命ずる。
なお、本件マンションに使用されていたサッシは、音響透過損失−25dBのT−1等級サッシであり、サッシの規格としては、一応「防音サッシ」と呼称していいことになっています。ゆえに、カタログ等の「高性能防音サッシ使用」という表示は、高性能という表現にやや問題があるとしても、防音サッシという表示自体は、虚偽表示ではなかったことになります。
しかし、本件のような間欠的に80ホンを超えるような特殊な騒音環境地においては、設計者としての善管注意義務においても、できれば、T−3(−35dB)等級レベルの防音サッシを使うべきだったと思われます。
ただ、今から十数年前のマンション設計において、たとえ設計者が遮音対策についてある程度心得ていたとしても、設計全体の中で、遮音対策自体が当時どれほど重要視されていたかを考えると、「悪質な故意(手抜き)」とまでいえるかどうかは、意見の分かれるところだと思います。
※実際の設計において、80ホンレベルの外部騒音を40ホンレベルにまで遮音するには、サッシ自体の高性能化だけではだめで、外壁素材・外壁厚・外壁面の内装工法・外壁面のスリーブ部分の防音処理等、総合的な遮音計画が要求されます。
|
|