マンション訴訟の扉・その6 [漏水訴訟]
マンション内での物理的トラブルで、上階からの生活騒音や左右住戸からの生活騒音などの次に多いのが、「漏水事故」です。
一戸建て住戸の漏水の場合は、漏水した水自体が、たとえ排水管からの漏水であったとしても、それはあくまで自分の家族が使った水なので、漏水による物的損害(家具やカーペット畳)以外に、ことさら神経質になる人はいないと思いますが、マンションなどの複数世帯における漏水事故の場合は、物的損害もさることながら、漏水した水自体がどこから流れてきた水なのか分からないので、そのことによる不快感や嫌悪感などといった心理的被害も無視できないものとなります。
こういったことからも、マンションの漏水は、早急に原因を突き止め、改善しなければないのですが、被害者側のあせりとは裏腹に、その原因を特定するには、マンションの複雑な構造が災いして、その道のプロをもってしても、かなりの時間を要する場合が多いようです。
漏水を調査する場合、いわゆる「みず道」を逆にたどって、漏水箇所と原因を特定することになりますが、特定された漏水箇所の所有(或いは、管理)関係が判然としない場合は、今度は、漏水箇所の補修責任や漏水による損害がある場合の補填責任が、一体だれにあるのかという、二次的問題が発生することになります。
今回は、そういった漏水による責任関係を争った訴訟事例を考察します。
<事案概要>
東京都内のマンション707号室の区分所有者であるAの直下階B(607号室)宅で、漏水が発生し、調査の結果、B(607号室)の天井裏(707号室Aの床スラブ下)にあるA(707号室)の排水横引き管からのものであることが判明した。この排水横引き管が、A(707号室)の雑排水専用のものであったことから、今回の漏水事故の責任は、Aが負担することになった(実際、排水管の補修費用をAが負担)これを、不服としたAは、管理組合に対する排水管の修繕費立替え求償金の支払いと、Bに対して、損害賠償責任がないことの確認を求めて、東京地裁に提訴したもの。
<平成8年・東京地裁判決要旨>
@607号室の天井裏(707号室の床スラブ下)にある本件排水管は、空間的に完全に隔絶されており、構造的な独立性は有するものの、排水管の設置以外の利用上の独立性はないので、共用部分と認められる。
A本件排水管は、他の住戸とともに、建物全体の雑排水を公共下水道に流すという「共同性」を有している。
B本件排水管の維持管理においても、設置場所からして、Aの判断で行なえるものではない。
以上から、本件排水管は、建物全体への付属物であり、共用部分に当たるとして、Aの請求を認めた(原告Aの勝訴、被告管理組合の敗訴)管理組合側は、これを不服として、東京高裁に控訴した。
<平成9年・東京高裁判決要旨>
@本件排水管は、構造的にみて、B(607号室)の専有部分に属する[Aの専有性を否定]
A本件排水管の点検・修理などの観点からみて、通常Aが行なうことは困難である。
B本件排水管のような各住戸の横引き枝管においても、排水竪本管を含めた、建物全体として統一的な維持管理がなされないと、他の区分所有者の利益をも害する場合がある。
以上から、本件排水管のように、特定の区分所有者の専用使用ではあっても、そのものの専有部分内にないものは、共用部分である等として、控訴を棄却した(管理組合の連続敗訴)管理組合側は、これを不服として、最高裁に上告した。
<平成12年・最高裁判決>
東京地裁・東京高裁の判決及び、判決理由を支持し、全員一致による上告棄却(これにより、Aの勝訴、管理組合の敗訴確定)
上記の判示の中で、特に、東京高裁の「特定の所有者の専用使用ではあっても、その専有部分にないものは、共用部分とするのが妥当である」という部分は、今後の実務においても、専有部分の境界判断の一つの基準になると思われます。
なお、その他の漏水事故の判例としては、バルコニーの排水口の詰まりによる漏水責任が、その専用使用者である区分所有者にあるのか、共用部分の管理者である管理組合にあるのかが争われた、平成12年福岡地裁判例があります。
これは、台風という不可抗力により、バルコニーの排水口が飛来した多量の木の葉により塞がれ、大量の雨が排水口からあふれ出て漏水した事例ですが、判決は、排水口の目詰まりを起こした原因が台風による多量の木の葉であったとしても、バルコニーの使用・管理が通常と異なることはないとして、専用使用者である区分所有者の賠償責任を認定しています。
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