都市基盤整備公団(旧住宅・都市整備公団)における、集合住宅のコンクリート床スラブ厚の時代変遷をみると、昭和30年代から昭和40年代中頃までは、標準床厚が11センチ、昭和40年代後半になり、ようやく厚さ13センチと2センチ厚くなりましたが、現在のマンションの標準スラブ厚18センチ〜20センチと比べると、当時の床厚がいかに薄いかが伺われます。
その後、昭和49年8月神奈川県平塚市で、あの衝撃的な「ピアノ殺人事件」(事件となった団地の床スラブ厚は、12センチ)が起きた為、それ以降は、床厚をさらに2センチ厚くして15センチを標準とすることに改められました。そして、この床厚は、以後平成に入るまでの間に作られた、ほとんどのマンションのスタンダード寸法でした。
さて、ご存知のように、マンションの上下階の遮音性能は、大部分がこのコンクリート床スラブの厚さにより決まるので、平成前後のフローリングブーム時に、床厚15センチ程度の居室を絨毯からフローリングへリフォームした多くのマンションでは、下階居住者との騒音トラブルが数多く発生することになりました。
そもそも、当時のマンションは、フローリングを前提とした設計になっていないので、15センチ程度のスラブ厚に、遮音性の低いフローリング材を根太貼りとした場合などは、L60を超える(平均的成人では、短期的には、ぎりぎり我慢できても、長期的には、到底我慢できないレベル)遮音レベルの物件も相当数あったと推測されます。
以下に、この時期に起きた、これらフローリングリフォームに起因する訴訟事件を何件か検証してみたいと思います。
【1】平成3年東京地裁判決事例
<原告請求概要>
1)フローリング騒音による慰謝料の請求
2)フローリング騒音の差し止め請求(たたみ又は、絨毯への変更)
<判決要旨>
1)裁判所側の現場検証によると「少し気になる程度の音だった」
2)音の発生は、日常生活上避けられないものである。
3)築20年以上経ったマンションであること。
以上から、騒音が受忍限度を超えているとはいえないとして、原告請求棄却。
※裁判所側の検証は、不十分であり、騒音被害の捉え方自体が低すぎるとの批判見解もあった。
【2】平成6年東京地裁判決事例
<原告請求概要>
1)フローリング騒音に起因する、不眠症・ストレス性顔面神経麻痺に対する慰謝料の請求。
2)フローリング騒音の差し止め請求
<判決要旨>
マンションなどの集合住宅においては、構造上音の伝播が起こりえるものであり、平均人の通常の感受性を基準に判断して、受忍限度内であれば、日常の社会生活において、一定限度の生活妨害が起きても止むを得ない。さらに、本件は、
1)騒音は、通常の生活音のみであり、しかも一定時間内に限られている。
2)被告が原告から苦情を受けた後は、テーブルの下に絨毯を敷き、子供の遊具を制限などした。
以上から、不法行為構成要素は認められないとして、原告請求棄却。
※本件の場合の床材は、遮音材の施されていないL−60程度のものであった。
【3】平成8年東京地裁判決事例
<原告請求概要>
1)フローリング騒音による慰謝料の請求
2)フローリング騒音の差し止め請求(従前の絨毯貼りへの復旧)
<判決要旨>
1)被告は、管理組合への事前届出を怠った(管理規約違反)
2)一階用の遮音材の施されていない床材を使用した。
3)閑静な環境(井の頭公園隣接)の建物において、上階から断続的にもたらされる騒音は、平均人の通常の感受性を基準としても、受忍限度を超え、不法行為を構成する。
以上から、被告に合計150万円(被告1人75万円×2人)の損害賠償責任を認めた。ただし、絨毯への復旧請求は、管理組合からのL−45への改修工事案が双方で一旦合意されたなどの理由で、棄却された。※なお、本件の床材のL値も、前事案と同様のL−60程度であった。
この平成8年の判決で、初めて上階からのフローリング騒音が、不法行為と認定されましたが、今後、上階からの騒音レベルが、どの程度(音の大きさ・頻度・継続期間等)であれば、不法行為構成要素となりえるのかについての具体的基準は、この判決においても、判然とは示されないままでした。
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